ken_nのブログ

西洋やアジア、また日本の近・現代史に関心があります。

『戦争とたたかう』戦争「で」たたかうのではなく、戦争「と」たたかった憲法学者の苦悩

 この本は、どんな内容なのか。私なりに述べれば、こうなる。


 第二次大戦をフィリピンの激戦地で飢餓に加えて、マラリア(p.177-178)にアメーバー赤痢(p.249)を併発しながらの逃避行で死線をさ迷った老憲法学者がいた。彼は、人間の尊厳を踏みにじる軍隊と戦争を憎みつづけ、徹底した平和主義を日本国憲法の理論的支柱とした。かたや、1953年生まれの憲法学者が偶然、札幌の地で同僚となる。この出逢いがこの本誕生のきっかけらしい。資料に基づく質問と対話を通じて、戦争と軍隊の本質を浮き彫りにする。


 以下、興味を覚えた箇所をピックアップする。6点ほどある。随所に感想も交える。



1. 人間から兵隊への改造(p.45-46)


「思考停止、判断停止」。これに続く記述は、ブラック企業の経営者が従業員を奴隷化していく状況に酷似している。


2. 軍事情報の隠匿(p.131-132)

 

   大本営陸軍部参謀、瀬島龍三の独断らしい。堀栄三参謀による「敵空母機動部隊健在」の電報が握りつぶされた結果、フィリピン決戦で数十万の日本人が犠牲になる。


3. 「真っ赤に焼けた破片」(p.218,214)


 戦争映画のイメージからか、この点の認識が欠落していた。砲弾が落下したときの状況として、私の眼に浮かぶのは炎と爆風ばかりだった。しかし、現実の有り様を想像すると恐怖を覚えた。本には、こう述べられている。


「カミソリの刃のような鋭い破片が心臓にあたれば心臓をえぐり、首根っこにあたれば首が飛び、腕にあたれば腕を飛ばしてしまう(p.214)」


4. 虐殺された傷病兵(p.233-234)


「歩けない兵隊は静脈注射をして殺害し、それでも間に合わなかったので、病院に火を付けて、病院もろとも焼き殺したのです(p.233)」 
「逃走する縦列の足を引っ張らないように、敵は行動の鈍い傷病兵を殺して竪穴の中に投げ込んだのだった(『米陸軍第三三歩兵師団戦史』p.226)」


5. 矛盾を孕んだ日本の民主主義(p.363)


「○○の戦争責任の問題を曖昧にしたところに、日本の民主主義の出発点にとっての最大の不幸があった」。


 別な視点からいえば、平等を構成要素とする民主主義に、政治的な策略から「世襲」という概念をくっつけたところに後味の悪いものを残してしまったといえる。「世襲」は、生まれによって、その人を特別扱いする。しかし、どんな人も、生まれによって区別されないとするのが、平等の内容だ。だから、「世襲」の概念は民主主義と矛盾している。


 こんな理屈は、考える余裕があれば誰にも理解しうるところなのだが、日常に疲れた人たちには、この理屈が見えてこない。その隙に乗じて、アメリカ譲りの民主主義は旧体質を憧憬する政治家によって日本独自の歪曲されたものになってしまっている。つまり彼らは、*数十万の犠牲を美化し、神格化し、戦前・戦中への価値観への回帰を狙っている。もっといえば、彼らを含む特別な人たちの利益のために、大衆を使役しうる社会への復帰を目指しているようだ。


 *「数十万」

フィリピン方面の戦没者総数

→ 498,600名

中国戦線の戦没者総数

→ 502,400名


 但し、民間人は含まれていないようだ(p.315)。広島、長崎の原爆被害者も含まれてはいない。


6. 日本国憲法草案の戦力不保持(p.368-372)


「これで法律だけではわれわれに徴兵の義務も、兵役の義務も課すことができなくなった(p.369)」



 『戦争とたたかう』水島朝穂著、岩波現代文庫、全417頁 



〈了〉